CLASSIC スタッフブログ Vol.257
このコーナーでは、クラシックの社員が自分の仕事を通じて気になったこと、面白かったこと、お客様にお伝えしたいこと…などなどを気ままに発信していきます。
今回のブログはロジスティック本部からF・Fがお届けします!
■冬季オリンピック、パラリンピック
こんにちは、クラシックffです。
イタリアのミラノとコルティナ・ダンペッツォで開催された2026冬季オリンピックが感動のうちに幕を閉じましたね! オリンピックではスノーボードやフィギュアスケートなどたくさんのメダルを獲得した事もさることながら、オリンピック出場迄のそれぞれの選手のストーリーや、協議終了後のコメントなど…本当にたくさんの感動をもらうことができましたね。一方、パラリンピックはWBC(ワールド・ベースボール・クラシックと時期が重なったこともあり、もう一つ盛り上がりに欠けてしまい…なんか残念な気持ちもあります。

さて、
オリンピックの記憶を呼び戻して取り上げてみたいのが、ノルディック複合団体スプリントでオリンピックラストレースとなった渡部暁斗選手です。昨年10月に現役引退を表明。シーズン途中に「花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは」という一節に自身の競技人生を重ねてラストシーズンを強い覚悟をもってスタートさせたのだそうです。この一節は『徒然草』の中で吉田兼好(兼好法師)が説いたもので、「桜は満開の時、月は満月の時だけを見るものだろうか。いや、そうではない」という意味とのこと…

オリンピックで最後の競技となったノルディック複合団体スプリントではメダルを逃し6位入賞。競技終了後に記者から「桜が咲いたか」と問われると「桜、咲いてましたね。ここにきて季節外れの桜は咲かせられなかったが、本当に最後の花びら1枚が散っていくまでみなさんに見ていただけた。これが道標(みちしるべ)になってくれたら本望です。」とのコメント…泣けました。
お花は「咲くまでの過程」と「散っていくまでの過程」と両方楽しめるといわれますが、花に携わる仕事をしている中で深く心に刺さるコメントですし、年齢を重ねた者(年寄り)として、いつまでも社会や会社に貢献できることを増やしていく(減らさない)ために努力し続ける決意をいただけたという意味で、とても印象的でした。渡部選手には心から「お疲れさま」「ありがとう」とお伝えしたいと思います。
■桜の話…
このブログが掲載される頃は、桜も満開を迎えているでしょうか…
桜といえば、「桜」と「Cherry blossom」、日本語と英語では、桜に対する認識が違うように感じています。日本はあくまで花である桜が主人公、一方で英語ではチェリー(実であるさくらんぼ)が主人公のような気がしています。


この感覚は言語構造と文化的象徴性の違いに根拠があるのだとか…
「同じサクラ属(Prunus)」でも、日本語と英語では“意味の重心”が異なり、日本の「桜」は、花が主役で、通常”花“そのものを指して、実(さくらんぼ)はあくまで派生物という扱いです。
さらに、文化的にみると、日本人は「花見」には出かけますが「実」を見ることはなく、和歌・俳句の季語としても、ほぼ花となっています。また、「散る」ことに価値があり、無常観(もののあはれ)と結びつくという事です。
前述の渡部選手のコメントからも頷ける部分ですね。
一方、英語では “cherry”、つまり実が主役となっていて、英語圏で“cherry” と言ってまず思い浮かぶのは果実(cherry pie/cherry jam…)。花はわざわざ “cherry blossom” と言う必要があります。つまり、英語圏の方々にとってCherryは、物体であり、収穫物という事なんですね。
日本語における桜は、“お花”もしくは“花の一生というプロセス”で、散り際に美を感じるもので、鑑賞する文化。一方英語では、cherryは実であり成果物となり、実りに価値を置く農業としての文化という事になるみたいです。これは単なる語彙の違いではなく、日本では自然と同化する文化、英語圏では自然を利用・収穫する文化という文明観の違いが反映されているとのことでした。(by Chat‐GPT)
なるほどと思える解説ですね。
さらに、日本では桜は「いつ散るか」が物語であり、英語圏でCherryは「いつ収穫できるか」が物語となり、同じ木でも、日本は“時間”を見て、英語圏は“成果”を見るという事で、プロセス中心文化 vs 成果中心文化の違いを直感的に感じられるテーマという事でした。
■調子に乗って「桜」にまつわる歌の話…
前述の様な日本語と英語の違いを受けて、音楽ではどんな影響があるのかと思い調べてみました。
ずばり”桜(さくら)“とタイトルされた日本の楽曲は、コブクロ、森山直太朗、FANKY MONKEY BABYS、DA PUMPなどたくさんあり、”桜“が曲名に入っている楽曲となると枚挙にいとまがありません。
一方で、Cherry Blossomが含まれる海外の楽曲はかなり少なく、チェリーブロッサムという曲名であれば、私が愛してやまない松田聖子の名曲が真っ先に頭に浮かびます。…Cherry単体が曲名に含まれる海外の楽曲はそれなりにありそうですが。

日本人にとって桜がタイトルとなった曲は、卒業、別れ、無常を表現したものが多く、既設の定番テーマとして、数多く親しまれており、英語圏でCherry Blossomの曲は、エキゾチック/ロマンティック、もしくは日本文化由来の特別テーマを持った曲として楽しまれている様です。
■もう一回オリンピックの話…
オリンピックの話に戻りますが、私は元々オリンピックが大好きでしたが、前回の東京オリンピックにまつわる利権がらみの一件で急に興味がなくなり「オリンピックなんて…」と過ごしてきましたが、今回のミラノ・コルティナ冬季オリンピックでは、アスリートのみなさんから想像を超える感動をもらい、やはりオリンピックって良いなぁと、オリンピックを見直しています。
オリンピックの起源は、紀元前8世紀の古代ギリシャで、長年にわたる戦争と感染症の流行に苦しんでいた国々は、戦いをやめてオリンピアで競技会を行ったことが古代オリンピックの始まりであるといわれています。開催中の5日間を含む前後3か月間は「エケケイリア(聖なる休戦)」と呼ばれていたそうです。
「オリンピズム」とは、「スポーツを通じて、フェアプレーの精神を学び、心と体をきたえよう。そして、国や文化などのちがいに関係なく、おたがいに理解し合い、友好を深めて、世界平和につなげていこう」というクーベルタン(「近代オリンピックの父」と称されるフランスの教育者)の考えという事です。

一方で、ニュースを見れば世界中で戦争がやまない状況です。
やっぱり平和が良いです。オリンピックで国境を越えた友情や、アスリートとして勝負にこだわりながらも終われば仲間として楽しむそんな姿を見ていると、オリンピックの良さが浮き立つように感じました。
2045年シンギュラリティや、AX(AIトランスフォーメーション)が台頭していく中、色々な階層の方々が地球人として、人間としてもっと仲良くできれば…と切に祈りながら、自宅で花を愛でる毎日です。


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